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日本グランプリ

第1回日本グランプリが、世界選手権として鈴鹿サーキットで開催されたのは、1963年のことである。 日本でのグランプリは、1967年以降休止していたが、1987年に、再び鈴鹿サーキットで日本グランプリが開催されるようになった。1999年からは、ツインリンクもてぎと鈴鹿サーキットの隔年開催となっていたが、2000年から2003年までは、毎年春に鈴鹿で日本グランプリ、秋にもてぎでパシフィクグランプリと、日本で年2回のグランプリが開催されていた。しかし、鈴鹿サーキットの安全性を疑問視する声から、2004年以降は鈴鹿サーキットでのグランプリは開催されず、秋にもてぎで行われるグランプリが、「日本グランプリ」となっている。 日本グランプリでは、ワイルドカードの選手が活躍することが多く、GP500では、1994年に前年の全日本チャンピオン、阿部典史が、当時のトップライダー、ミック・ドゥーハンやケビン・シュワンツとトップ争いを繰り広げたが、惜しくも転倒リタイアしたということがある。 GP250では、2001年からフル参戦を果たす加藤大治郎が、並みいる強豪を押しのけ、1997年と1998年の日本グランプリを連覇するという偉業を達成する。 またGP125では、前年国際A級に昇格したばかりの上田昇が、1991年にワイルドカード出場でいきなり優勝し、そのまま世界選手権にフル参戦した、といったことがあった。 また、1998年の日本グランプリの表彰台では、GP500で2本、GP250で3本、GP125で3本の、計8本の日の丸が掲げられた。2000年の日本グランプリでも表彰台に同じ本数の日の丸が立ち、しかも各クラスのウイナーが全員日本人という大記録を作った。このことは、自国開催GPにおける日本人の強さを象徴していた。

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